名古屋市昭和区のIさん邸

~リフトが3台ある家~

今日は昭和区のIさん宅にお邪魔します。Iさんの障害は筋ジストロフィー肢体型。歩行は困難で、上肢も腕を上げるような動作は困難です。家の中も外も電動車いすを使って生活されています。賃貸マンションで一人暮らしを始めてもうすぐ3年。自立支援事業[*1]を使って生活しています。僕が建築士として関わっているお宅です。(2001年4月の記事)

[*1]自立支援事業:地域で自立生活を送る障害を持つ人が利用できる名古屋市の制度。基本的に自分で介助者を見つけ、調整する。1日最高7時間の介助保障(当時)。

どん:こんにちは。まずこのマンションを見つけた頃の話をお聞かせ下さい。

Iさん:4年前の十月くらいから探し始めました。御器所周辺の不動産屋を探し回りましたが、こちらの条件である「車いす単身OK」、「玄関まで階段なし」、「改造OK」という三つの条件をクリアできる物件がなかなか見つからない。探し始めて半年、諦めかけていた頃にちょうどこのマンションの入り口に「空室あり」の看板を見つけ管理会社に連絡を取りました。管理会社は改造を嫌がりましたが大家さんが理解を示してくれて、出ていく際に現状に復帰するという条件で改造を了解してもらいました。住み始めた頃は「市営住宅が当たるまで」と考え、長い間ここにいるつもりはありませんでした。しかし住んでみると、とても便利な場所で今に至っています。

どん:改造までの経緯を教えてください。

Iさん:昭和区役所に住宅改造の申請した時、訪問相談までに1ヶ月くらいかかると言われました。名古屋市の更生相談所に早く早くとお願いしても、結局は工事完了までに3ヶ月弱かかりました。訪問相談の時は建築士、施工者、大家の立ち会いのもとに行いました。普通はこの訪問相談の調査結果を基に、更生相談所が図面を作製するのですが、こちらが行いたい改造を分かりやすく訪問相談員に伝えるため、建築士に先に図面を作製してもらいました。

どん:それでは改造した箇所を教えてください。まずは玄関から。

Iさん:玄関ですが、10cmほどの段差があったのでスロープをできるだけ緩い勾配に取り付けて使っています。自分の力では玄関ドアを開けることができないので、介助者がいないと家に入ることができないのが、今一番大きなバリアです。何かあったときは電動車いすでドアを押し開けて、屋外へ逃げることはできるんですが・・。限られた予算の中ではリフトが一番重要だったので、とりあえず玄関を自動ドアにするのはあきらめました。※現在は自動ドアクローザーを設置されています。

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居間から玄関を見る

どん:自動ドアに関してはもっと安いものがあると良いのですが(製品+工事費でおよそ40万円くらい)。それでは玄関を上がって、水廻りを教えてください。

Iさん:リフトですがトイレに1台、浴室に1台付けています(トイレリフト:定価347,000円、浴室リフト:定価376,000円。設置工事費・吊り具は別:当時)。補助金100万円のほとんどはリフトに取られてしまいました。トイレのリフトですが、トイレのドア枠までしかリフトの高さを上げられない[*2]ので、吊るときに電動車いすから完全にお尻が浮かないのが難点ですが、慣れた今は一応問題なく使えています(Iさんの身長は約180cmある)。浴室のリフトは逆に一番低くした状態で、なんとかお尻が浴室の洗い場の床に着き[*3]、吊り具をはずせるような状態なのですが、これも慣れてしまえばなんとか大丈夫です。どうもこの浴室用リフトは、シャワーチェアを使用することを前提としているようです。

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トイレ内部

[*2]トイレのドア枠までしかリフトの高さを上げられない

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浴室内部

[*3]なんとかお尻が浴室の洗い場の床に着き

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どん:うーん・・。リフトなど設置型の福祉機器は、改造するそのお宅で実際使ってみないと思わぬ支障があったり、考えてもみなかったことが起こり得ますね。でも現地で試用するイコール設置する、ということだから工事を伴うわけで、なかなかそうはいかないのが現状ですが。それでは寝室の方を見せてください。

Iさん:トイレに選んだリフトはリフト本体[*4]だけを取り外してベッドのリフトと兼用することができるタイプなので、ベッドには頭の方にリフトの支柱だけを設置し改造費を抑えました。しかし取り付けたり取り外したりするのは介助者が大変だし、煩雑な介助の中、リフトがちゃんと固定できていなかったなど、万が一の事故が起こると介助者にも多大な迷惑をかけるので、改造後に自費でリフト本体を一台追加購入しました(リフト本体:定価197,000円:当時)。

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寝室

[*4]リフト本体

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どん:他に改造した箇所を教えてください。

Iさん:部屋と部屋の間のちょっとした段差にゴム製のスロープを付けています。あと電動車いすで壁にぶつかった時に壁を傷めないように塩ビ製のガードを張り付けました。

どん:こちらに住んでもうすぐ3年になりますが、マンションに引っ越してきてまず困ったことは何ですか?

Iさん:何かあった場合、いくら叫んでも誰にも聞こえない。施設(福祉ホーム)の時は自分でベッドから車いすに移っていましたが、安全第一ということで今はリフトで移乗しています。電動車いすに乗りはじめて体力はかなり低下しましたが、体力維持を続けて無理して手動車いすに乗って生活するより、電動車いすでスムーズに生活をし活発に活動する方が良いと思い、機能が低下しても自分らしい生活を送れる道を選びました。あと寝返りが辛くなってきたので、一人暮らしを始め出した頃から介助者に泊まってもらうようにしました。最初は隣の部屋で寝てもらっていたんですが、介助者が熟睡してしまうとブザーを鳴らしても気が付かないので、同じ部屋で寝てもらうことになりました。しかし寝ている時まで横に人がいる生活というのは思ったよりも大変でした。

どん:一人暮らしを始めてよかったことは?

Iさん:前から一人になりたかった。介助者については自分の分身だと思っています。ただ介助者でもあり友達でもある存在。大変なことも多いですが施設のような自由のない生活にはもう戻れません(笑)。

どん:今日はどうもありがとうございました。

Iさんのお宅はマンションの4階で、エレベーターが付いていました。1階玄関もスロープで出入り可能で、部屋も最初からあまり段差のないマンションでした。改造に関してIさんがいつも念頭に置いていることは介助者が無理なく安全に介助できること、と感じました。今でも介助者と試行錯誤しながらより安全で介助しやすい方法を見つけだしているようです。